社名に”茶”も”TEA”も入らない。 新しいカタチでお茶をデザインする会社THE CRAFT FARM。 〜前編〜
- THE CRAFT FARM(ザ クラフトファーム。以下TCF)があるのは静岡駅から車で40〜50分ほど北上した静岡市葵区渡(ど)という地域。社員は代表の水野嘉彦さんを始め、全員が県外からの若い移住者です。そして取引先にはキルフェボンやMr. CHEESECAKEなど華やかな異業種も多々。古くからの茶農家でもなければ、単に茶の製造をしている会社でもないTCFは安倍川奥でも不思議な存在かもしれません。その秘密を解き明かします!
目 次
茶業界に飛び込んだスタートアップ企業
THE CRAFT FARM(以下TCF)はどのように茶業に関わっているのですか?
水野嘉彦さん(以下「水野」)
一言でいうとTeaRoom(ティールーム)という会社の製造部門を担っています。一般にお茶の製造は、農家が担うことが多い荒茶製造と製茶問屋が担うことが多い仕上げと、工場自体が分かれるのですが、私たちの工場には荒茶生産のラインと仕上げのラインがあり、TCFで一貫して完成品としてのお茶を生産しています。新商品の開発も、ブレンドも着香も全てここでしています。これは茶業界では珍しいことで、仕上げは普通、お茶屋さんがするんです。でもTeaRoomは仕上げはやっていません。僕らTCFが、TeaRoomのリクエストに応じて商品を作っています。
水野さんは、もともとお茶に関係はあったのですか?
水野
母が家で地域の子どもたちに茶道(裏千家)を教えていて、それを見て育ったのでお茶は身近にありました。お稽古の後に母に抹茶を点ててもらったり、遊びの感覚で家の和室でお茶を味わったりしていました。
食事のときは必ずお茶を飲む家でした。母が急須で淹れたお茶を飲むのが当たり前の生活、今思うとその影響はかなり大きいと思います。
では最初から茶業を目指していたのでしょうか?
水野
いいえ、学生時代の私はもっと別の、いわゆるヘルステックといわれる健康とITをかけ合わせた分野で起業しようと思って準備していたんです。ですがその過程で熱くお茶について語る男に出会い、更によく話を聞けば、お茶で日本を変えたいとか言っている。それがTeaRoomの岩本涼でした。「もともとお茶が好きだし、歴史も好きだし、面白い! 」と共感して、お茶業界に飛び込みました。茶産地を巡るのも旅気分で楽しかったです。
同時に東京のTeaRoomのメンバーも増え始め、「自分のできることは何だろう?」と考え始めたのも事実。自分は営業もグラフィックもできないけど、ものを作ることが好きで、お茶が好きでした。お茶にはいろいろな品種、いろいろな作り方があって、世界観を自分でコントロールできます。そこに惹かれていました。そんな時、縁があって静岡市にある茶工場を担う会社と人材を探しているという話が舞い込んできたのです。
それが渡に今ある私たちの会社です。
私は東京出身ですが、静岡への移住も抵抗はありませんでした。ただ、1人だとちょっとさみしかったので池﨑(修一郎。TCFの取締役)も誘いました(笑)
「池﨑くん、静岡行かない?」と聞いたら「行きます」って即答されて、「良かった」と思って(笑)
ではTCFは最初からスムーズに機能したのでしょうか?
水野
話があったのが11月で、翌年(2019年)の4月に静岡に引っ越し。そこからすぐ新茶シーズンになり、1年目は本当に目まぐるしかったです。
最初の3、4日は元々の工場の持ち主だった組合の茶師さんに来ていただいて機械の動かし方などを教えてもらい、後は自分たちで。
僕たちは知識がなかったから大変でしたけど、工場は最盛期の稼働時間に比べたら生葉も全然少なくて、24時間機械を動かすなんてこともなく、人間らしい時間に帰宅することができました。ちょっと寝るのが遅くなる程度でした。
愛犬と山あいの集落に溶け込み、茶園づくりにも着手
TCFは茶工場だけで、茶園は持っていないのでしょうか?
水野
いいえ、茶畑もあります。でも、工場に入ってしまうとそちらにかかりきりになってしまって。最初の2年間は、摘採のための準備工程である茶畑の均し(ならし)までやったのに、忙しすぎて摘採ができないというジレンマに陥りました。新茶の芽が伸びているのに摘み取れないのは一目瞭然ですから、周囲の茶業に携わっている皆さんにも申し訳なく、肩身が狭くて。
今年(2023年)4月にもう1人メンバーが増える予定なので、4人体制ならなんとかできるのではないかと思っています。頑張りたいです。
山あいの町にすぐ慣れましたか?
水野
自治会に顔を出したりはしていましたが、正直、最初はなかなか難しかったです。ここは観光地ではないので新しい人が訪れることも少なく、自分以外みんなが顔見知りの集落でしたから。
でもバロン(愛犬)を飼ったことが大きなきっかけになりました。
誰も来ないような農道でバロンを遊ばせていると、作業に訪れた農家さんが「何してるの?」とか話しかけてくれたり、挨拶する人が増えたり。そこを会話のいとぐちにして、僕がここで何を生業にしている人間なのか、だんだん分かってもらえたんだと思います。
後編に続きます。
取材・文/朝比奈 綾 撮影/近藤ゆきえ
一つの工場で一貫して開発することで個性的なお茶が誕生
THE CRAFT FARMおすすめは熱湯で淹れる浅蒸しの「新茶」。飲み干した後、口中に甘い余韻が残ります。そして、ベルガモットが絶妙なバランスで着香された、日本の軟水のためのフレーバーティー「アールグレイ煎茶」。どちらもきれいな色味なので耐熱の透明なグラスで味わうとお茶の時間がさらに楽しくなります。生産から開発まで一つの場所で行われているからこそ、個性的なオーダーにも応えられるTCF。日本茶は荒茶製造と仕上げは別の場所で行うことが多く、淹れ手から遥かに離れています。水野さんは一貫して請け負うことで、製造から淹れ手までの距離を可能な限り縮めたいと話しています。
運営母体が解散する方針となり、使用されなくなってしまった山奥に佇む小さな茶工場。
古くからここに地域産業として根付くお茶作り。
絶やすことなく次世代へと繋いでいきたいという想いで私たちはこの工場を引継ぎ、再生へ向けて運営しています。
THE CRAFT FARM
静岡県静岡市葵区渡1448-6
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素材を知り、活かし、届ける。畑では土や自然と対話し、素材が最も活きる方法を模索した上で、それを最も喜んで頂ける状態で多くの方へ届けます。