農家十五代目として、迷いはありません 〜いはち農園〜
- 山道を上へ上へと上り、自園を案内してくださったのは、いはち農園の繁田琢也さん。父が始めた有機農法への取り組みや、繁田さんが思い描く茶農家としての未来を、風が吹き抜ける茶畑の中のテラスで伺いました。
目 次
かぶせの「おくみどり」を一服どうぞ
いはち農園さんのことを伺う前に、繁田さんのことを教えてください。東京ではファッションモデルもなさっていて、そんな楽しい都会の暮らしから、静岡に帰ってくるのはイヤではなかったですか?
繁田琢也さん(以下「繁田」)
いはち農園は自分で十五代目。なので当然、後を継ぐつもりでしたし、いつかは帰るぞと思っていました。自分のベースはここ、静岡です。そこは揺らいでいません。でも東京も楽しかったです。気がつけば20年暮らしていました(笑)。静岡に戻って6年になります。
お茶を淹れてくださってありがとうございます。
繁田
これはかぶせ(被覆栽培)の「おくみどり」です。旨味が強いお茶です。
水色(すいしょく)も、急須の中の茶葉の色も、2週間の被覆のおかげで、すごく綺麗ですね!確かに、少し口に含んだだけで旨味を感じます。おいしいです。ありがとうございます。
繁田
他にもいろいろ見ていただきたいのですが、新茶前なので、売り切れになってしまっていてすみません。お米もお茶も自家製の「玄米茶」や、渋みのない「和紅茶」も作っています。お茶のパッケージは有名デザイナーに依頼して作ってもらいました。……とみんなに言っているんですけど、それは冗談で、本当は僕が作りました(笑)。ホームページのデザインも僕です。
何でもできるんですね!
繁田
大抵のことは自分たちで作り、繕う。農家って元々そうですよね。だから僕もそうしていきたいと思っています。
茶畑は、いつ来ても綺麗な場所だなって思う
いはち農園さんは有機栽培をされていますよね?始めたのはお父さんですか?
繁田
そうです。30数年前、まだ有機JASが云々という前に、単純に農薬と化学肥料を使わずにやっていこうと、父が切り替えました。農薬を撒いている時、父自身も身体がしんどいと思っていて、それに子供の頃の僕がアトピー(性皮膚炎)になったことも、決断の後押しになったようです。僕は虫除けスプレーすら身体に合わないので、父も似たような体質なのかもしれません。身を削る農業というか、作り手の身体がしんどい農業を続けるのはやめよう、そう思ったと話していました。もちろん、他の農家さんとは違うことをしないと生き残れないという戦略もあったとは思います。
お父さんは今も現役ですか?
繁田琢也(以降「繁田」)
はい。今、すれ違った軽トラックが親父でした(笑)。今は父が中心となって、人から譲り受けた圃場を「香駿」に改植しているところです。雨が降る前に上まで植えてしまいたいと思っていて、今、急ピッチで進めています。
有機栽培に話を戻すと、我が家は元々、畜産もしていたんです。だからホイールローダーなどの重機もあったし、自分たちで有機肥料作りができる環境もありました。でも、思い切って有機栽培に切り替えたところ、2年くらいは収穫できなかったようです。お茶の木も今まで湯水に浸かっていたようなもので、全然苦労していなかった。虫は人間が追い払ってくれるし、栄養分はじゃんじゃんくれるしで、根っこも伸ばさなくていい、頑張らなくていい、という状態でした。有機栽培に切り替えてから、あまりの環境の変化に、一旦、葉が全て落ちてしまったくらいです。最初はお茶の木がびっくりしたんでしょうね。その後、自分の力で生きようとし始めました。樹勢がついたのは切り替えてから3年目だった、と父が言っていました。
僕も東京にいた時から比較的、時間は自由になったので、新茶の時期は1ヶ月くらい休みを取って、お茶の仕事を手伝っていました。お茶の芽は待ったなしですから、毎年、家族総出でお茶を摘んでいます。
商談は天然の応接間で
ここはすごく眺めのよい茶園ですね。
繁田
僕が静岡生まれだから思うのかもしれませんが、茶畑って、山や木々の風景を崩さない気がしています。違和感がない。人間が作った造形と自然が融合していて、いつ来ても「綺麗だな」って思うんです。よっぽどお茶が好きなのかもしれません。
さまざまなメディアの取材があるとか?
繁田
先月はフランスのメディアが取材に来ました。景色を喜んでもらえるので嬉しいです。
ここでお茶をいただくこともできるのですか?
繁田
ホームページから予約していただければ可能(※4月〜9月末まではお茶仕事があるためお休み)です。とても気持ちがいいので、ぜひ来ていただきたいです。
まるで天然の応接間ですね。
繁田
お客さまと商談する時も、せっかくなのでここにお連れします。今、取引しているお茶は、ここで育ったものなんだよ、と見ていただきたくて。
僕はお茶が爆発的に売れなくてもいいと思っているんです。日本に限らず、世界に1000人くらい、いはち農園のファンがいてくれたら、それでもういい。万人受けしなくても、僕たちが作っているものをちゃんと受け止めてくれる人はいると思います。
今は、体感で何人くらいファンがいますか?
繁田
え、どうだろう?本当に気持ちが繋がっているのは20人くらいかな(笑)。決して急がず、少しずつ繋がって、コミュニケーションを取りながら消費してもらえたら、と思っています。
周囲の助けを得て未来を思い描く
お父さんはいつもラジオを聞きながら作業するんですか?
繁田
単調な作業の時は聞いていることが多いかもしれません。山の中で、音を出しても他の人の迷惑になったりしないので、ラジオが作業のお供です。鳥のさえずりかラジオしか、聞こえません。
いはち農園のお茶は卸売りが中心なのでしょうか?
繁田
そうですね、今は8割くらい、お茶屋さんに卸しています。出荷の時に毎日顔を合わせて社長とお話をさせてもらうのですが、すごく勉強になります。畑のことから製造のこと、機械のセッティングまで、かなり詳しく教えていただいています。
お父さんと思い描く、将来の展望を教えていただけますか?
繁田
ただ食べていくだけなら、今のまま、専業農家でもやっていけるのですが、先行投資のためにお金が要るので、僕がダブルワークしています。というのは、荒茶を製造する機械はあるのですが、更に仕上げの機械もほしくて…。自分たちで一貫して、お茶づくりをしたいと思っています。
「香駿」に改植していることもそうです。今していることが未来に結びついていると、僕も父も思っていて。いはち農園を必要としている人に確実に届くように、いろいろなことに手を抜かず、先行投資も含めて、きちんとやっていきたいと思っています。
茶の畝間に生えている草を抜きながら、「これ、サラダになるそうですよ」と話す繁田さん(一番上の写真をご覧ください)。この茶園を訪れたイギリス人の女性がそう言っていたそうです。「日本に限らず、世界で1000人のファンがいたらそれでいい」という繁田さんの言葉を裏打ちするように、外国の方も頻繁に訪れるいはち農園。業界のさまざまな先輩の教えに耳を傾け、お父さんと真摯にお茶づくりに取り組んでいる姿を見ると、ファンがどんどん増えていることにも納得です。
取材・文/朝比奈 綾 撮影/近藤ゆきえ
有機栽培で安心安全なお茶を提供
30年以上前から、農薬と化学肥料を廃止し、有機栽培に取り組むいはち農園。「当時は周囲の猛反対に遭いました」と笑いつつも、「直接身体に取り入れるものだから、安全で安心して口に入れられるものを提供したい」と真剣に考えています。だから、玄米茶の玄米さえ自分たちで育て、細部まで妥協しません。試行錯誤して完成させた8000kg以上の「ぼかし肥料」も、4つの圃場に全て手撒きしています。茶の味が乗るために努力を欠かさない姿勢から生まれる、消費者との信頼関係。「いはち農園の1000人のファン」の一人になって、いつか、風の吹き抜ける茶園のテラスを訪れてみませんか?
父が30年以上前に、農薬漬けの農作物に疑問を持ち、周囲に猛反対されながらも、所有する農地を全て有機栽培に切り替えてやってきました。「直接身体に取り入れるものだから安全で安心して口に出来るモノを提供したい。」 と、農薬は不使用。化学肥料も一切使用しておりません。
いはち農園
静岡県静岡市葵区牛妻1381
054-395-5865
標高450mの静岡の山奥より、皆さまに、美味しいお茶をおとどけします。