有機栽培とは、摘採後の茶の樹勢をいかに早く回復させるか 〜斉藤茶園 前編〜
- 昔から有機農業によるお茶づくりを行っている斉藤茶園。どのようにお茶と向き合っているのか、園主の斉藤勝弥(かつみ)さんにお話を伺いました。
目 次
茶業試験場で学んだことが有機農業の礎に
斉藤茶園さんは、40年前から有機農業をされていると伺いました。取り掛かるのが、かなり早かったのではないでしょうか。なぜ有機農業に切り替えたのですか?
斉藤勝弥(以降「斉藤」)
そうですね、30代の頃から、なんしょう(とにかく)畑にいる虫は排除しないと決めてやってきました。つまり共生するということ。このあたりは静岡市の川の上流、水もとなんです。僕らの若い頃は、野菜も川で洗っていましたから、水を汚してしまったら大変なことになる。化学物質で水質を汚染したら、海までその水が流れてしまう。下流の人にも、海の生物にも迷惑を掛ける、だからやめよう。それがきっかけでした。――僕の畑に行ってみますか?
ありがとうございます。斉藤さんの茶畑は何ヶ所くらいありますか?
斉藤
今、圃場(ほじょう。茶畑のこと)は8つです。畑のある山の向きや、日照時間によって、8つそれぞれ、窒素成分などの肥料の配合割合を変えています。こういう勉強の基礎は、昔、試験場*で学びました。植物生理学、肥料学、土壌学……、そこで学んだことが有機栽培の基礎になっています。
*茶業試験場… 現在の農林技術研究所 茶業研究センターのこと。牧之原にあり、茶の品種や茶生産、茶環境等、総合的に茶の研究を行っている静岡県の施設。
生育に手のかかるお茶が好き
斉藤さんはどのような種類のお茶を作っているのですか?
斉藤
「ヤブキタ」、「さえみどり」、「おくゆたか」などです。品種登録には「ヤブキタ」を基準に、1週間ほど萌芽が早いとか、摘採時期が3日遅いとか書かれているんだけど、日照時間や山の向きによって、茶の木はだいぶ違います。牧之原で品種登録された場合は、牧之原で育成して、牧之原で適性を見るでしょう。ここは山あいだし、牧之原とは気候も全然違います。だからいろいろな品種を植えて、摘採してみて、この地域の気候の条件に合うお茶を模索しているんです。
育てるお茶を選ぶ、最初の基準はあるのですか?
斉藤
なんて言ったらいいのかなぁ、独りですくすく伸びる、手がかからないお茶はおもしろくないもんで、イヤだね。なんしょう(とにかく)、毎日のように畑に行って、何か変化を見つけて、手当しないと生育しないようなお茶が好きなんです。自分でも交配して、どんな性質なのかを調べることを若い頃からやってきました。
改植もしないといけないし、毎日畑に見に行くのは大変では?
斉藤
でも、それが面白いだよね。だから、虫にも病害にも強い品種はやりませんでした。かといって、強い農薬をかけるようなことは論外。僕がやっているのは、茶の木の樹勢をひたすら強める農法。いわゆる栄養価を、少しでも高めることを目的としています。
具体的にはどのように?
斉藤
いろんな先生に言われたのは、樹液の濃度を上げる肥培管理をしなさい、と。収穫量や摘採時期の早さ、水色(すいしょく)などは一旦脇において、樹液の濃度を濃くして、細胞の中に栄養素を少しでも多く蓄積できるような肥培管理です。
失礼ながら、それでご商売になりますか?
斉藤
有機を始めたばかりの頃は、1万円のお茶を作るために1万2000円かけていました(笑)。はい、赤字です。だから自分の親に、そういう資金面を助けてもらっていただよね。「お前、何やってるだ」と親父にはよく怒られました。環境を考えることに一生懸命なのも分かるけど、お前は家の中の基盤をめちゃくちゃにした、って、何回もそう言われました。
でも譲らなかった?
斉藤
そうだね、お茶作りはぶれなかった。試験場でも先生から「あなたは性格が変わってるから、(有機農業で)目に見えない細胞の栄養を高める方法をやってみたらどうですか?」と言われていました。
畝間に草が生え虫も飛ぶ、そういう茶畑
最近、有機農業には注目が集まっています。ようやく、斉藤さんに時代が追いついてきたのではないですか?
斉藤
うーん、有機農業に関心が集まるのはとってもいいこと。でも個人的には、今、推奨されているお茶の有機農業は海外、特にEUに輸出するための基準を満たしていればいい、言わば売るための農業じゃないかと思うだよね。だから、消費者に安心して飲んでほしいとか、環境を汚染しないようにとか、そういうことじゃないような気もしているんです。結果は同じ有機農業かも知れないけれど、作る側の気持ちは違います。今の有機農業は、仮にアメリカやEU諸国が「もう有機農作物は要らない」と言ったら、辞めてしまうかも知れない危うさを感じています。
ここはすごくいい眺めですね。
斉藤
僕の茶畑で、一番高い位置にあります。冬は清水港や富士山まで見渡せるけど、もう春霞がかかっちゃって見えないね。僕の畑は他の農家さんとはちがって不揃いじゃないですか?(笑)。畝の間に草が生えて、虫が飛んで、そういう茶畑です。
斉藤文江さん(以下「文江」)
茶畑の脇にビワの木があるのですが、熟した頃に全部お猿さんが食べちゃうの。近くに植えた桜の木は、鹿が新芽を食べちゃうから、大きくなるまでは囲いをしています。イノシシが茶畑に入ってきてしまうから電線で囲って、鼻先に当たったらピリリと来て、驚いて退散してくれるようにしたんだけど、今度は穴を掘って入ろうとするんですよね。賢いでしょう?ここはそういうところ。ニホンミツバチの巣箱も、かろうじて一箱、頑張っています。
山の動物たちとの距離感がとても近いですね。――この青いネットは何ですか?
斉藤
落ち葉よけです。杉の木の横にある茶畑には、杉の枯れ葉が舞い落ちるんです。摘採する時に入ってしまわないように、今はカバーをしています。
後編 「雨が降り土の水分量が上がると、山が鮮やかになる」 に続きます。
取材・文/朝比奈 綾 撮影/近藤ゆきえ
山の清涼な空気を有機のお茶に込めて
40年前から有機農業に徹している斉藤茶園。イチオシポイントは、茶の樹勢が強くなるように育て、ミネラル分たっぷりのオーガニックのお茶を購入できること。旅行にもほとんど行かず、毎日畑に行って熱心にお茶の生育に携わる斉藤さん。彼が「日記」と呼ぶ記録は、肥培管理や摘採の時期まで綴られ、品質の向上に一役買っています。昨年、「目下、猛勉強中(笑)」と話す娘の祐子さんが家業に入り、紅茶が斉藤茶園のラインナップに加わったことも、魅力の一つ。親子が作り出す一服のお茶から、ニホンミツバチが飛び、畝の間に野草が生える、自然な茶畑の空気を受け取ってください。
40年前から有機農法に徹している斉藤茶園。環境を守りながら、栄養価の高いお茶を研究し栽培しています。親子が作り出す一服のお茶から、ニホンミツバチが飛び、畝の間に野草が生える、自然な茶畑の空気を受け取ってください。
斉藤茶園
静岡県静岡市葵区西又2030
054-278-8895
<ふじのくに山のお茶100選「100銘茶」>に選出